「侑子さんは『祝ってあげる』ですか!?ま…、それも嬉しいっすけど」

 あの時発した言葉に嘘はない。一緒に自分が生まれて来たことを祝ってくれたのが、本当に嬉しかったから。
 ただ、何かしら形として残したくて。侑子さんが、オレの誕生日をお祝いしてくれたという、証拠が欲しくて。
 少しの皮肉と期待を含めて、言ってみただけだったのに。

 あの人は、どこか儚げで、触ると、壊れて仕舞うんじゃないかと思うような表情で、
「…そうね、あげられるものはそれだけ」と、呟いた。



++++夢雫



 長く黒い艶やかな髪、白く透き通る肌、赤い唇、そして切れ長で鋭い瞳。
この妖艶な姿を見た者は、美しいと感じるだろう。侑子は美しいだけでなく、様々な知識を有しており、時には人知を越え、異世界の存在からは『次元の魔女』とも呼ばれている。

 そんな願いを叶える店の店主である侑子は、対価さえ払えば、何でも叶える。時には周りから見れば不幸とさえ感じる願いでも、それがその人の願いならば、叶えるのが生業なのだ。そしてその仕事振りは実にシビア。その願いに必要な対価は実に様々だったが、アナタがそう望んだのよと言われれば、その人に対価を払う以外の余地は残されていない。
 たとえ、その対価が魂だとしても。


 いつもの侑子さんは、大酒呑みで、我が侭を言ってオレを困らせて楽しんで。
 本当にそんなんで、人の望みを叶える事が出来るのかとすら思って仕舞う。
 だが流石というか、そういう一面を客に見せる事は全くなかった。
 じゃあ何か。人を振り回して困らせて楽しむ対象はオレだけか。そういや百目鬼やひまわりちゃんに対してだって、困らせる、ということはなかったもんな。

 四月一日は、アヤカシを見、引き付ける困った体質を変えて貰うべく、侑子の店で働いている。
 そしてそれを叶えるための対価を、労働力で払いなさいと言われた。金で払えと言われても学生である四月一日には困る所だが。
 だからと言って、部屋の掃除、洗濯、夕飯の用意、宝物庫の整理、最近では住み込んで朝ごはんの用意、学校に行っている間の昼食用の弁当、…等々きりがないくらい仕事があるとは。
 一体どのくらい働けば、自分の望みの対価となるのだろう。

「ただいま〜」
 以前はこんにちは、と挨拶して中へ入ったものだが、最近ではすっかり我が家である。洋風な扉を開けると、和風なつい立てがお出迎え。侑子の店は和風であり、洋風でもあり、レトロなたたずまいをしていた。

「侑子さん、今日の夕飯なんすけどー」
あり?返事がない。
「モコナー?いないんすか?」
 居間へ入ると出掛ける旨を記した書き置きがあった。
「ありゃ、何時頃帰ってくるんだ?」
ラーメンにしようと思ってたんだけど。帰って来る時間が分からないと、作るに作れないぞ。
「う〜、じゃあ掃除でもするか」
 自覚はないが、四月一日は独り言が多い。 両親が亡くなって以来、一人で生活するようになったせいだ。
 さくさくと掃除を済まし、早いかな?と思ったが、湯船にお湯を張り、だんだんする事がなくなったぞ、と寝所まで整えて仕舞った。

じゃあ後はぼちぼちラーメン作り始めるか…、そのうち帰って来るだろ。

 だが夜十時を過ぎても侑子は帰って来ない。流石に、四月一日のお腹も限界だ。
「…なんだ〜、どこ行ったんすかぁ〜…、侑子さん…」
 居間のちゃぶ台にうつ伏せになり、ここにいない人に問いかける。
 ぐぅきゅるると腹の虫だけが四月一日の問いに応える。

 きゅるるる〜、ぐぅぅぅ、きゅるるる〜。

まるで大合唱じゃねーか。ぐぅぅぅ。

イカン、 胃液が、 大分、 キツイ。

「四月一日…」
 いきなり目の前に侑子がいた。大合唱の原因は、四月一日のお腹だけではなかったのだ。
「いつからいたんすか!?ていうか今までどこ行ってたんですか!?一体何してたんですか!夕飯どうしたんです、モコナは!?」
 ガバっと起き上がり、言いたい事を一気に吐き出す。そして、一番始めに言わなければいけなかった事を思い出す。
「…お帰りなさい」
 侑子は四月一日から目線を外すと、ちょっと寂しそうに、ただいま、と応えた。 ちゃぶ台の脇にモコナもうつ伏せになって、お腹からぐぅきゅるると腹の虫を鳴かせてる。

 二人とも、夕飯も食べずにこんな時間まで外にいるのは珍しい。美食家である侑子だから、必ずごはん時には四月一日の作る料理家並みのご馳走を食べるために店にいるのに。

「もう、嫌。疲れた。何やってたのかしら。四月一日、ごはん」
 てゆーか本当に何してたのこの人。
「今日ラーメンにしようと思って、途中まで作ってたんすけど、今からじゃ嫌っすよね。お粥とかでいいですか?」
「うん、もうお腹が空きすぎてイタイ」
オレもおんなじだよ。
「ちょっと待ってて下さいね」
 侑子を残し、四月一日は台所へ向かう。白い割烹着を着て、料理を作り始める。四月一日、とモコナが後ろから声を掛けた。
「なんだ?」
「侑子なんだけど、四月一日の事が好きなんだからな」
「は!?」
突然の告白!?しかもどういう繋がりでこの台詞になるんだ。
「いや、帰って来たの遅くなったけど、別にヘンなトコ行ってたとかそういうんじゃないからな!」
「じゃあドコ行ってたんだよ」
 むすっとした顔付きで、四月一日は問いかける。モコナが何を言わんとしてるのか分からない。
「だいたいなぁ、侑子さんがヘンなトコ行く事とかないってオレは分かってるよ。侑子さんは考えなしに行動する人じゃないし、全て分かっている上で物事を進めるような人なんだから」

 今までの付き合いで、依頼を受けないと動かないし(若干押し売りに近いけど)、何かしら対価を得ないと動けない人だとも分かってた。
 それは、自分がしたい事でも動けないのと同じなのかも知れないけれど。

「いや、うーん。何か、今日はフラフラしてるだけだったぞ」
「はぁ!?それでこの時間かよ!?」
何してんのー。
「雑貨屋さん覗いてみたり、画廊に行ってみたり、神社見てみたり」
「だから、何ソレ!?」
「だから、四月一日の事が好きなんだってば」
「意味わかんねーよ!」
 モコナは、ふぅと頭を抱える仕草をして、真っ直ぐ四月一日を見ると、
「意味のない行動だからこそ、そこに意味が生まれるんだ」と言った。
 鍋が白い蒸気を上げる。お粥が吹き溢れそうになり、四月一日は慌てて火を止める。
「分かってやれよ」
 モコナは自分用にお粥を分けると、トコトコと何処かへ行って仕舞った。
「…………」


 四月一日は、侑子の待つ居間へ戻る。頂きます、と二人で向き合って、熱いお粥を食べ始める。
モコナが言ってた事。あれって…。
「侑子さん」
「なーに?」
「今日、何してたんですか?」
「…何も」
 ふぅふぅと冷ましながら、お粥を口に運ぶ。
「さっきモコナが、意味のない行動だからこそ、そこに意味が生まれるんだって、言ってたんすけど」
「………」
 侑子は苦虫を噛み潰したかのような顔で、小さく舌打ちをした。
「モコナのバカ。何て事言うのよ」
「侑子さん…」
これ、って、聞いていいのかな?
「オレの誕生日の事、気にしてました?」
「………」
侑子は食べるのも止めて、黙り込む。
「オレ、侑子さんはぐうたらな性格だから、たとえ人の誕生日だろうとプレゼントをする事はないんだって思ってました。でも、オレの誕生日に、侑子さん、あげられるものはそれだけ、って、気持ちだけって、言ってましたよね。プレゼントするにはお金だったり、何かしら対価を必要とする。だから、何て言うか、侑子さんて」
 自惚れてもいいのだろうか。侑子は自分のために何かしようとしていたのではないか。
 でも結局、何かすれば後の未来に影響が出て仕舞う。侑子はそれを知る力がある。何かしてあげたいという気持ちと、対価を必要とする事は出来ないという思いが、今日の何もしないで夜までフラフラという奇行に至ったのではないか。
「何も言わないで」
 ぴしゃりと、侑子は四月一日の言葉を遮る。
「でもオレ、嬉しかったんです」
 何もしなかったという行為が。
 それでも、オレを思ってくれた事には違いないから。
 四月一日の目には、侑子が少し照れているように見えた。もしかしたら、これこそ自惚れかも知れないけれど。
「…何も言えない。前も言ったでしょ。言葉って、出たらもう取り返しがつかないのよ。それだけ、人を縛る」
 だから、侑子は何も言わない。
「…侑子さんは、言葉よりも、侑子さんっていう存在に縛られてるような感じもしますけどね」
 壱原侑子、という躯(ウツワ)に。人の願いを叶えるという、自分の生業に。
「ま、何にしろ、言いたいことがあるんです」
 四月一日は、改まって侑子を見る。侑子も目線を四月一日に戻す。

 誕生日を祝って貰えて、オレは本当に嬉しかった。
 客の前では気丈に振る舞う侑子が、自分の前だと取り繕わずに、甘えてくれる事が嬉しかった。
 侑子の我が儘が、最近は可愛いとさえ思うようになって来ている。
 本当は、好きですとか、定番な事が言えれば良いのだろうけど。それは、到底お互いに無理な話で。

 だから、今は、
「夜遅くなる時は、書き置きにちゃんと何時に帰るのか、分からなくても何処に行くのかくらい、書いて置いて下さい。コッチは夕飯の支度にも困るんです」
「四月一日…、お母さんみたいね」
ああああ分かってるよ!

 結局いつものこの展開。でも、自分で望んで。選んだ。
「お母さんの作るお粥はお腹に優しくて大好きよ〜」
「ああそうですか」
「さて、お腹も癒されたことだし、四月一日、ラーメン作ってっ」
「今から食べるんですか!?」
「もち。モコナー、ラーメン食べたくなーい?」
「食べるー!」
さっきまでいなかったモコナが、タイミング良く侑子の問いに答えて飛び出す。
「四月一日―!!」
侑子とモコナが声を合わせて四月一日を見る。
「…はいはい」

 四月一日は、再び台所へ戻る。今が何時だろうとか、考える事はない。それよりも、彼女のためにおいしいラーメンを作らねばという気持ちの方が大きかった。

気持ちを込めた分は、きっと。  



end.